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財団法人 山口育英奨学会
新潟県長岡市 小国町横沢802番地 電話 0258(95)2002番
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財団法人山口育英奨学会は、昭和34年8月文部大臣の許可を得て設立された公益法人で、その目的は優秀な才能を持ちながら経済的理由で修学困難な学徒に学資を貸与して、有為な人材の育成を図り、また学術研究の振興助成に寄与することにあります。 現在毎年約百余名の学生・生徒に奨学金を貸与し、また大学および高等専門学校に学術研究助成金を交付しております。
山口家は代々社会公益事業の助成に意を注ぎ、教育関係については特に熱心であり、当主(山口敬太郎氏)の高祖父に当たる山口権三郎翁は、明治5年の学制に基づき居村の横沢村に独力をもって学校を設立し、のちにその設備一式に多額の資金を添えて村に寄付し、村内の子弟の教育に力を尽くしました。 また翁は1年間の欧米先進国視察旅行から帰国すると、明治25年、青年たちに実業の知識・技術を学ばせようと長岡に実業学校を創設しました。しかし当時はまだ入学希望者が少なく数年後に閉鎖するに至りましたが、翁は素志を貫徹するため、さらに長年にわたり理・工・農の大学や専門学校の学徒に学資を貸与して学業を成就させ、多大の成果を収めました。
権三郎翁の長男である山口達太郎翁(当主の曽祖父)は亡父の遺志を継ぎ、より広範囲に人材を募集して育英事業を拡充させるため、大正4年に多額の基金を寄付して基金を設立し、その運営を新潟県に委ねて学資を学生に貸与しました。
また山口誠太郎翁(当主の祖父、達太郎翁の長男)もその遺志に従って数回にわたり基金を増額し、新潟県ではこれを山口奨学資金と称して引き続き事業を遂行してきました。しかるに第二次世界大戦後の経済変動のため、活動を中止するのやむなきにいたり、その基金は現在県有財産として保管されております。誠太郎翁はこれを非常に残念に思い、育英事業の復活について種々検討を進めておりましたが実現を見ずに昭和33年11月逝去しました。
山口順太郎翁(当主の父、誠太郎翁の長男)は厳父の遺志を実現するため尽力し、文 部省(現文部科学省)から財団法人山口育英奨学会として許可を得て、初代理事長に就任しました。順太郎翁はその運営に尽瘁し数回にわたり多額の資金を寄付し、また邸内に事務所を建設して寄付しました。さらに郷土の教育・社会資料保存のため昭和50年「郷土資料館」を建設しました。これは近年国民生活の急激な近代化に伴い、郷土の社会生活用具や古い資料が散逸し、捨て去られるのを防ぐととも、これらの資料の収集と保存を図っていくものです。
順太郎翁は平成16年2月に逝去し、2代目理事長に山口敬太郎氏が就任しました。今後とも当財団はその基盤の安定と事業の拡充をめざしております。 |
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